福岡地方裁判所 平成2年(行ウ)19号 判決 1991年3月27日
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告が原告に対して昭和六二年九月二八日付けでした労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく療養補償給付及び休業補償給付の不支給決定を取り消す。
第二 事案の概要
本件は、昭和四一年一〇月一日から約二〇年間、株式会社保坂塗装店の従業員として塗装業務に従事し、昭和六〇年八月二五日午前八時二〇分ころ、会社内で会議中に脳出血で倒れ、右片麻痺、言語障害等の後遺症を残すに至った原告が、被告に対し、右脳出血は労働基準法七五条、同法施行規則三五条及び同別表第一の二第九号に規定されている「業務上の疾病」に該当するとして、労災保険法に基づき療養補償給付及び休業補償給付の支給を求めたところ、被告が昭和六二年九月二八日付けで右各給付をしない旨の決定(以下「本件不支給決定」という。)をしたため、これを不服とする原告が、その取消しを求めて提起したものである。
(争いのない事実)
原告は、本件不支給決定について、福岡労働者災害補償保険審査官に対し、昭和六二年一一月二六日付けで審査請求をしたところ、同審査官は平成二年三月二三日付けで右審査請求を棄却する旨の決定をし、その決定書の謄本が、同年四月三日、審査請求人である原告の代理人弁護士辻本育子の事務所に郵便により配達され、同弁護士は、これに対し、右決定書の謄本が送付された日の翌日から起算して六〇日を経過した後である同六月六日、労働保険審査会に対する再審査請求書を福岡中央郵便局に提出して、再審査請求(以下「本件再審査請求」という。)をした。
労働保険審査会は、同年一〇月一六日付けで、本件再審査請求を再審査請求期間を徒過した不適法なものとして却下する裁決をし、右裁決書の謄本は同月二七日同弁護士に送付された。
なお、本件訴えの提起は、平成二年六月二九日である。
第三 争点
一 被告の本案前の主張の要旨
労災保険法三七条は、本件のような同法による保険給付に関する決定の取消しの訴えは、再審査請求に対する労働保険審査会の裁決を経た後でなければ提起することができないと規定して、再審査前置主義を採っており、労働保険審査官及び労働保険審査会法(以下「審査会法」という。) 三八条第一項は、右の再審査請求は、労働者災害補償保険審査官の審査請求に対する決定書の謄本が送付された日の翌日から起算して六〇日以内にしなければならないと規定しているところ、本件再審査請求は、右六〇日の再審査請求期間を経過した後になされたものであることが明らかであり、そうすると、本件訴えは、労災保険法三七条に定める適法な再審査請求を経ていないことになり、不適法なものとして、却下されるべきである。
二 被告の右主張に対する原告の反論の要旨
1 行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)八条二項一号は、「審査請求があった日から三箇月を経過しても裁決がないとき」には、裁決を経ないで、処分の取消しの訴えを提起することができる旨を規定しているが、同条項が国民の司法救済が遅れることを防止しようとする趣旨の規定である点に照らすと、右の「審査請求」を、「再審査請求」と読み変えることは、許されないものというべきである。したがって、原告が本件不支給決定について審査請求をしたのは昭和六二年一一月二六日であり、福岡労働者災害補償保険審査官がこれを棄却する旨の決定をしたのは平成二年三月二三日、原告が右決定書の謄本の送付を受けたのは同年四月三日のことであって、本件においては、右審査請求をした日から三箇月を経過してもこれに対する決定がなされなかったことが明らかであり、かつ、原告は、右決定を知ったときから三箇月以内である平成二年六月二九日に本件訴えを提起しているのであるから、本件訴えは、行訴法一四条の出訴期間内に提訴したもので、適法であるというべきである。
2 仮に、右のように解することができないとしても、本件は、行訴法八条二項三号の「その他裁決を経ないことにつき正当な理由があるとき」に該当する。即ち、
(1) 本件のような「過労死」事件は、「過労死弁護団」の調査によると、労働基準監督署長、労働者災害補償保険審査官及び労働保険審査会の三機関の審査を経るのに平均六年かかっているとされる。本件の場合も審査請求の決定がでるのに二年三箇月を要しており、さらに再審査請求をすれば、相当の長年月を要することは明らかである。
このように再審査請求を経れば、相当の長年月を要する場合には、右の正当理由があるというべきである。
(2) 原告は、行訴法八条二項一号を原告の反論1で主張したように解釈していたもので、右解釈がむしろ法文に忠実素直な解釈であるから、原告が右のように解釈したことは責められるべきではないので、右の正当理由があるというべきである。
第四 当裁判所の判断
一 労災保険法三五条一項は、保険給付に関する決定に不服のある者は、労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をし、その決定に不服のある者は、労働保険審査会に対して再審査請求をすることができる旨規定し、また、同法三七条は、同法三五条一項に規定する処分の取消訴訟について、労働保険審査会に対する再審査請求前置主義を採っているところ、右の取消訴訟に関するかぎり、行訴法八条一項の「審査請求」とは、右労働保険審査会に対する再審査請求の意味であり、また同条二項の「審査請求」には、労災保険法三五条一項に規定する審査請求及び再審査請求を包含するものであるというべきであり、したがって、右再審査請求前置が採られているものの、例外的に、審査請求後三箇月を経過しても決定がない間は、再審査請求を経ることなく、また、再審査請求後三箇月を経過しても裁決がない間は、その裁決を待つことなく、いずれの場合にも取消訴訟を提起することができるものと解されるのであるが、審査請求後三箇月を経過したが取消訴訟を提起しない間に右再審査請求に対する決定があった場合には、再審査請求前置の本則に立ち返って、適法な再審査請求を経ていなければ、保険給付に関する決定に対する取消訴訟は提起することができないものと解すべきである。
この点に関する原告の前記第三の二の1の主張は、独自の解釈に過ぎず、採用することができない。
そうすると、本件訴えは、訴え提起の前提要件である適法な再審査請求を経ていないことが明らかであるから、行訴法八条二項三号の正当理由が認められないかぎり、不適法なものとして却下を免れない。
二 そこで次に、本件は行訴法八条二項三号の場合に該当するとの原告の主張(第三の二の2の(1)、(2))について判断するに、原告のいう「過労死」事件について、原告の主張するように、一般的に再審査請求を経ることなく取消訴訟を提起することができると解するときは、労災保険法三七条が保険給付に関する決定の取消訴訟について労働保険審査会に対する再審査請求前置主義を採った趣旨(行政の統一を図る必要があること、処分が専門的知識を要するものが多いこと、保険給付に関する審査請求及び再審査請求の審理が第三者的機関が当たること等を考慮し、再審査請求前置主義を採ったとされる。)を没却することになるし、しかも原告は本件訴えを再審査請求期間内に提起しているわけではなく、弁論の全趣旨によれば、原告が再審査請求期間を徒過したのは、行訴法八条二項一号の解釈について誤解していたことによることがうかがわれるのであるから、本件訴えについて、行訴法八条二項三号の正当理由があるということはできず、原告の右主張は採用することができない。
三 よって、本件訴えを不適法なものとして却下することとし、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 堂薗守正 裁判官 須藤典明 裁判官 一木泰造)